最もよくみるハナアブ
明るい草地に咲いているハルジオンなどの花には多くの昆虫が訪れています。
その中でも一番よくみるのは以下のような虫ではないでしょうか。

これはミナミヒメヒラタアブというハナアブ科の昆虫で、花によく訪れています。
ハナアブ科はハエ目の昆虫で見た目はハチに似ていますが、針は持たず人を刺すことはありません。
本記事ではこの仲間(ヒメヒラタアブ属)のなかでもよく見られるホソヒメヒラタアブとミナミヒメヒラタアブの2種を中心に紹介します。
2種について「大きさが違う」とよく言われます。
しかし、大きさだけで同定するというのは不安が残るものです。
したがって本記事では、大きさ以外にも注目しながら詳細な比較を行っていきます。
ホソヒメヒラタアブとミナミヒメヒラタアブ
ホソヒメヒラタアブ
ミナミヒメヒラタアブ
ホソヒメヒラタアブとミナミヒメヒラタアブの比較
後脚フ節の色で見分ける
オス交尾器の形が違う
メスは模様を比べよう
並べたら大きさが違うことが分かる
ほかのヒメヒラタアブ属 Sphaerophoria:6種
カオスジヒメヒラタアブ
ミヤマヒメヒラタアブ
フデヒメヒラタアブ
クナシリヒメヒラタアブ
シリブトヒメヒラタアブ
チョンジンヒメヒラタアブ
まとめ:7–8mmを境界に検討をつけよう
ホソヒメヒラタアブとミナミヒメヒラタアブ
比較の前に、各種について情報を整理しました。
2種ともかつてと現在で和名や学名が変わっており、混乱を招きやすい状態になっています。
ホソヒメヒラタアブ(旧:ナガヒメヒラタアブ) Sphaerophoria macrogaster (Thomson, 1869)
ホソヒメヒラタアブはかつてナガヒメヒラタアブとも呼ばれていたハナアブです。

ハルジオンに訪花するオス

ハルジオンに訪花するメス
本種は北海道~九州にかけて分布し、ごく普通にみられます。
記事の冒頭にはミナミヒメヒラタアブを持ってきましたが、筆者の家の近所ではホソヒメヒラタアブの方が個体数が多く、より普通にみられます。
本種の分布は原色昆虫大圖鑑 第3巻(平嶋・森本,2008)では九州以南となっていましたが、実際には先述の通りで各地に広く分布しています。
したがって国内の多くの場所でミナミヒメヒラタアブと混生しています。
ホソヒメヒラタアブもミナミヒメヒラタアブも幼虫は植物上で生活する陸生で、おそらくアブラムシ類を食べていると思われます。
(ヒラタアブ類の幼虫はアブラムシを食べるようなので、2種もたぶん同じ)
ミナミヒメヒラタアブ(旧:キタヒメヒラタアブ) Sphaerophoria indiana Bigot, 1884
ミナミヒメヒラタアブはかつてキタヒメヒラタアブ(またはマメヒラタアブ)という和名で呼ばれていたハナアブです。
元はキタヒメヒラタアブと思われていた種が、別種のミナミヒメヒラタアブと判明したことでこのようなことになっています。
日本国内にはキタヒメヒラタアブは生息しておらず、全てミナミになるようです。

ハルジオンに訪花するオス

ハルジオンに訪花するメス
本種もホソヒメヒラタアブと同様に北海道~九州にかけて分布します。
単に「ヒメヒラタアブ」という名前で図鑑に載っていることもあります。これもミナミと同じものです。
名前の似ている種として「ホソヒラタアブ」というものもいます。

ホソヒラタアブ
Episyrphus balteatus (De Geer, 1776)
ホソヒラタアブはヒメヒラタアブ(ミナミヒメヒラタアブ)よりも大型で、腹部の模様も複雑なため、外見で見分けられます。
2種とも同じ「ヒラタアブ族」のハナアブですが、属はそれぞれ「ホソヒラタアブ属」「ヒメヒラタアブ属」で異なります。
ヒメヒラタアブ(属)が明るい草地に多いのに対し、ホソヒラタアブは日陰や林縁部に多いような印象を持っています。
ホソヒメヒラタアブとミナミヒメヒラタアブの比較
以降ではホソヒメヒラタアブとミナミヒメヒラタアブの比較を行っていきます。
2種は後脚のフ節の色を見ることで見分けられます。
さらにオスは交尾器の形が異なり、メスについても模様に違いが出ます。
後脚フ節の色で見分ける
ふつう、ホソヒメヒラタアブの後脚フ節は先端の2節が暗化します。
♂♀どちらでも使えるポイントです
しっかり特徴が表れていればこれだけで同定できます。
なんだかあっけないですよね。もっと細かくみなきゃいけないのかと思ってました……(笑)
オス交尾器の形が違う
次に、2種で確実に異なる交尾器の比較を行いました。
ハナアブの仲間の交尾器は体の外側に付属する形(外部生殖器)になっていて、取り出しや観察は簡単です。
♂は交尾器で腹端が膨らんでいるため、性識別は容易
腹端をピンセットで挟むと、交尾器が押し出されます。
交尾器を引き出せたら、側面部の形を比較します。
交尾器の形は両種で明らかに違っていますが、具体的な違いについて述べられた文献を見つけられませんでした。
したがって、この後の画像や違いの説明は私が自分で気づいたことを書いています。
(どこかの文献で示されている比較点とは異なるかもしれません)
形がかなり違います
図に示したように、交尾器の先端部(?)はホソヒメヒラタアブでは単純な形です。
一方で、ミナミヒメヒラタアブでは二又に分かれています。ここが確認できれば一発で同定できます。
毛の生え方も両種で少し異なっていて、ホソヒメヒラタアブではおおむね全縁にわたって長毛が生えているのに対し、ミナミヒメヒラタアブでは突起部にまとまって生えています。
※この毛が立つ方向を見ることで、交尾器が畳まれた状態でも同定できます。
(ホソは体に平行に、ミナミは毛が立ちあがる方向に出ます)
メスは模様を比べよう
メスの場合は模様にも違いが出るため、場合によっては採集しなくとも同定できます。

模様は変異があるので注意が必要
図にも示していますが、注目すべきは以下の2点です。
- 中央に黒線が出るか
→出ればホソですが、模様の変異に注意 - 腹部第5節の色
→ホソは黒、ミナミは黄色が多い
2つとも同じ方に当てはまれば問題ないでしょう。
メスの同定にはこれ以外に頭部の黒線を見る方法があるのですが、分かりにくかったため割愛します。
並べたら大きさが違うことが分かる
交尾器を確認した2種のオスを並べてみましょう。
ミナミヒメヒラタアブ(左)、ホソヒメヒラタアブ(右)
比べると大きさが明らかに異なるのが分かります。
札幌の昆虫(木野田,2006)では、ホソヒメヒラタアブで5-6mm、ミナミヒメヒラタアブで7-9.5mmであるとしています。
つまり、体長だけでも同定できるということ……と言いたいじゃないですか。
実はこの体長は文献によって違います。
5–6mm(木野田,2006)
7mm以下(市毛,2016)
7.5mm内外(双翅目談話会,2002)
6–8mm(平嶋・森本,2008)
●ミナミヒメヒラタアブ
7–9.5mm(木野田,2006)
7mm以上(市毛,2016)
8–9mm(平嶋・森本,2008)
10–11mm内外(双翅目談話会,2002)
全てを合わせて考えると……
- ホソヒラタアブ:5–8mm
- ミナミヒメヒラタアブ:7–11mm
です。
2種の体長は重複すると考えた方が良さそうです。
ただ、一般にホソが小型でミナミがより大型というのはおおむね合っていそうです。
ミナミヒメヒラタアブ(左2頭)、ホソヒメヒラタアブ(右2頭)
大きさの変異で迷う場合があるかもしれませんが、交尾器を確認した上でも大きい方(8-9mm)がミナミ、小さい方(6mmほど)がホソに落ちました。
一度2種のサイズ感を覚えれば野外でも検討をつけることができるようになると思います。
ただし、写真で記録する場合はサイズ感が分かりにくくなるため注意が必要です。
7-8mmの微妙な大きさの個体もいるでしょうし、迷ったら採集して確認しましょう。
体長での同定は特にメスで難しく感じました。
左から4頭がミナミ、右側3頭がホソ
真ん中の3頭(すべてメス)は採集時も悩んだのですが、持ち帰って確認すると7mmの2頭がミナミで、6mmの1頭がホソでした。
1mmくらいの差だとほぼ同じに見えますよね……
ほかのヒメヒラタアブ属 Sphaerophoria:6種
本記事では最初からホソかミナミかの2択で話を進めてきましたが、場合によっては……2種によく似た同属の別種の可能性も考えなければなりません。
これ以降では2種が所属するヒメヒラタアブ属 Sphaerophoriaの各種について、軽くまとめておきます。
国内からヒメヒラタアブ属は以下の8種類が知られています。
種名と分布は以下の通りです。
- ホソヒメヒラタアブ
S. macrogaster(北~九) - ミナミヒメヒラタアブ
S. indiana(北~九) - カオスジヒメヒラタアブ
S. reginae(本・四・九) - ミヤマヒメヒラタアブ
S. sp. (near S. philanthus)(本(中部山岳)) - フデヒメヒラタアブ
S. scripta(北) - クナシリヒメヒラタアブ
S. shirchan(北) - シリブトヒメヒラタアブ
S. rueppelli(北) - チョンジンヒメヒラタアブ
S. chongjini(北)
ほとんどが北海道のみで確認されていて、本州以南で見つかっているのはホソ、ミナミとカオスジヒメヒラタアブ、ミヤマヒメヒラタアブの4種のみです。
ヒメヒラタアブ属の多くの種は「日本産ヒメヒラタアブ属Sphaerophoriaの数種について」(市毛,2008)で詳しく解説されています。
ホソヒメヒラタアブとミナミヒメヒラタアブについては紹介済みのため、それ以外の6種を以下で紹介します。
カオスジヒメヒラタアブ Sphaerophoria reginae Claussen & Mutin, 2007
カオスジヒメヒラタアブは体長10.5mm内外のハナアブで、本州(東北~近畿)から記録されている珍しい種のようです。
和名の通り「顔にある黒筋」がよく目立つ種で、ここで近縁種と見分けられます。
胸背の側縁にある黄色い帯は、途中までで消失します。
ミヤマヒメヒラタアブ Sphaerophoria sp. (near S. philanthus)
真のキタヒメヒラタアブ(S. philanthus)は国内に分布しないとされ、全てミナミヒメヒラタアブであるとされました。
しかし、本州の中部山岳でキタヒメヒラタアブに近い特徴を持つ種が見つかっています。
それがミヤマヒメヒラタアブです。
大きさ(8mm)や交尾器はミナミヒメヒラタアブと似ていますが、模様が異なり腹部がかなり暗色になるようです。
確認されているのは富山県の立山、長野県の乗鞍岳との事で、どちらも北アルプスですね。
山岳地帯の高原みたいな環境に出る種なのかなあ……
フデヒメヒラタアブ Sphaerophoria scripta (Linnaeus, 1758)
フデヒメヒラタアブは体長11.5mm前後のハナアブで、国内では北海道のみで見つかっている種のようです。
オスの非常に長い腹部が特徴的な種で、畳んだ羽よりも腹部が明らかに長くなることで近縁種と見分けられます。
Wikipediaが存在する種で、海外ではふつうにみられるハナアブのようですね。
クナシリヒメヒラタアブ Sphaerophoria shirchan Violovitsh, 1957
クナシリヒメヒラタアブも北海道のみで確認されている種です。
カオスジヒメヒラタアブと同様、顔面に黒条があります。
腿節が先端部を除いて黒色になることで、カオスジヒメヒラタアブと異なるようです。
シリブトヒメヒラタアブ Sphaerophoria rueppelli (Wiedemann, 1830)
シリブトヒメヒラタアブも北海道のみで確認されている種です。
カオスジヒメヒラタアブと同様に、胸背側縁の黄色い帯が途中で終わりますが、本種には顔面に黒条が出ないようです。
シリブトという和名の通り、腹部の末端付近が広がる特徴的な形をしています。
チョンジンヒメヒラタアブ Sphaerophoria chongjini Bankowska, 1964
これが最後、チョンジンヒメヒラタアブも北海道のみで見つかっています。
ミナミヒメヒラタアブと形態が似ていて、確実な同定は交尾器の形を見る必要があります。
分布が重複する北海道では、本種の可能性も疑いながら同定しなければなりません。
まとめ:7–8mmを境界に検討をつけよう
まず、ホソヒメヒラタアブとミナミヒメヒラタアブの違いが出る部分をまとめると以下の通りです。
- 後脚フ節の色
- オス交尾器の形
- メス腹部の模様
- 体長はホソ:5–8mm、ミナミ:7–11mm
「大きさが違う」とよく言われる2種ですが、調べると大きさ以外にも違いがある事が分かりました。
近縁種が国内に6種知られていますが、本州以南に分布するのは「カオスジヒメヒラタアブ」と「ミヤマヒメヒラタアブ」の2種のみで、ミヤマヒメヒラタアブは高原の虫です(たぶん)。
ということで、本州以南でカオスジヒメヒラタアブでなければ、ふつうホソかミナミのどちらかになるでしょう。
もし、本州産で胸背側縁の黄色い帯が途中で終わっていればカオスジです。
2種の胸背の側縁にある黄色い帯は途中で途切れない
……もちろん、別属で似たようなハナアブがわりといるので、気をつけましょう。
この属(Sphaerophoria)は胸背部の光沢が弱めなのが1つの特徴です。
当面の私の目標は「カオスジヒメヒラタアブ」に出会うことですね。
埼玉県で記録があるようなので、頑張って見つけます!
ミヤマヒメヒラタアブも見てみたいですね。生息域に行く機会がなかなかなさそうですが……

ミナミヒメヒラタアブのペア
低地であれば、まずホソかミナミのどちらかを疑うことになるでしょう。
6mmくらいならホソ、7mm以上ならミナミ、かもという基準をもって見ることができれば、両種の識別がかなり楽になるはずです。
今回はヒメヒラタアブの仲間に絞って紹介しましたが、日本にはハナアブの仲間が463種もいるそうです。
身近な場所でみられる種類も数多くいて、分かると間違いなく楽しい分類群ですね。
私は今シーズン、遠方に出られない代わりに近所でハナアブの仲間を勉強しています。




フタホシヒラタアブ / シマハナアブ
タカサゴハラブトハナアブ / クロヒラタアブ
ハナアブはまだマシな方だと思いますが、ハエ目は同定資料が少なく初心者には厳しいグループです。
ですが……
ですがなんと……!!
ハエハンドブックが出ます!
2024年5月31日発売です!!
ハエハンドブック
熊澤辰徳 (解説), 須黒達巳 (写真)
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400種以上が掲載されている、ハンドブックの域をはるかに超えているボリューム感となっています。
全種が生体白バックで掲載されているため、野外で採った写真を元に比べる上でも役立ちそうです。
ぜひハエハンドブックを手に入れて、この夏は「ハエが分かる自分」を一緒に目指しましょう……!
参考
・加藤大智,2024.松之山のハナアブ図鑑 ver.3.
・市毛勝義,2008.日本産ヒメヒラタアブ属Sphaerophoriaの数種について.はなあぶ.26:49–61.
・木野田君公,2006.札幌の昆虫.
・双翅目談話会,2002.日本のハナアブ : データアップ図鑑 ver.1
・平嶋義宏,森本桂,2008.原色昆虫大圖鑑 第3巻(トンボ目・カワゲラ目・バッタ目・カメムシ目・ハエ目).
・Japanese Syrphidae 2016
・熊澤辰徳・須黒達巳 ,2024.ハエハンドブック.
・Fazli Subhan and Maqsood Shah,2016.Taxonomic study of genus Sphaerophoria Le Peletier et Serville (Diptera: Syrphidae) with three species from Northern Dry Mountains region of Pakistan. Journal of Entomology and Zoology Studies 2016; 4(4): 1192-1198.
↑ミナミヒメヒラタアブS. indiana、フデヒメヒラタアブS. scriptaの図がある

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