冬の夜の蛾、と書いてキリガ
蛾の仲間にはまさしく「ヤガ科キリガ亜科」という分類群が存在していますが、冬夜蛾(キリガ)はこのグループを指す言葉ではありません。
ここで言われる「キリガ」というのは、ヤガ科の中でも下に示した4つのグループに含まれる蛾類のうち、特に冬季(晩秋~早春)を中心に出現する一部の種のみを指した呼び方です。
キリガ亜科 :61種
ヨトウガ亜科 :28種
モクメキリガ亜科:10種
モンヤガ亜科 : 3種

冬夜蛾の一種であるウスアオキリガ。
山地でみられる美麗種。
明確な定義は多分ないですが、むし社から出ている図鑑というか図説「日本の冬夜蛾」(↓)に掲載される103種の蛾類が冬夜蛾、という事になっています。

月刊むし・昆虫図説シリーズ8 日本の冬夜蛾【キリガ】-むし社オンラインショップ
小林秀紀 編
小林秀紀・四方圭一郎・枝恵太郎 共著
形態 A4判・112ページ(カラープレート47ページ)・上製本
発行日 2016年2月5日 2018年4月2日再版しました。
ヤママユ、スズメガ、カトカラ好きのあなた!次はキリガです!キリガ図鑑ついに登場!!
●日本の冬夜蛾【キリガ】103種を、807個体の選びぬかれた美しい標本を用いて47カラープレートに図示…
以下、本記事上の「キリガ」は「冬夜蛾」を意味する単語としてお読みください。
キリガの仲間は昆虫の少ない冬場でも活動していて、なおかつ糖蜜やライトトラップによって容易に誘引できるため観察しやすい生き物です。




低地でみられるいろいろなキリガ
私が住んでいる埼玉県の低地(平野部)ではこれまでに32種類のキリガを確認しています。
今回の記事では平野部でも観察できる身近なキリガの仲間として、私が近所で出会った種を1つずつ紹介していきます。
キリガは種によって成虫が羽化する時期が異なっており、
・越冬キリガ(秋羽化で成虫越冬する)
・春キリガ (蛹越冬で春に羽化)
の3タイプに細分化されます。
(これも別に決まっている訳ではないと思うけど、そういう呼ばれ方がある)
一記事で32種全て紹介すると長くなるため、このキリガの区分に合わせて三記事に分けることにしました。
本記事では秋キリガをご紹介します。
平野部である近所では秋キリガのシーズンは11月に入ってからです。ちょうどこの記事が上がる頃ですね。
秋の平野部で出会えるキリガとして本記事では8種類をご紹介しますが、実際には秋キリガの出現と併せて後に別記事で紹介(予定)する越冬キリガも発生しています。
同時に紹介出来たらよかったんですけど、越冬キリガは結構種数いるのでいきなりそんなに文章書けねえなと思いまして……(筆者ブログ更新リハビリ中)
なお、キリガの観察によく用いる手法である糖蜜採集のやり方をご存じでなければ……下に示した尾長さんのブログを見てください(大変分かりやすいです)。

『初めての糖蜜採集~レシピとその方法~』
はじめにSNSが発達した昨今、TwitterやFacebookなどで虫好きな人たちをフォローしていれば、この時期「糖蜜採集」という言葉を目にする機会も多いと思…
私のブログで書いた糖蜜採集の採集記としては↓のようなものがありますが、このブログには糖蜜採集のやり方を十分に説明している記事は現状ありません。

糖蜜採集が当たった日
本ブログで糖蜜採集に関する話は全然してきませんでしたが……2019年の晩秋頃に初めて糖蜜採集をやってからというもの、その楽しさと奥の深さにすっかりハマってしまいました(笑)…
一時、気象データを取ったり飛来時間記録したり色々やっていたのですが、いい考察に結びつかなかったので放置しています。気が向いたらまとめるかもしれません。
ともかく、ここからの一連の記事では具体的な探し方までは触れずに、単に低地でどんな種類のキリガが見られるかを紹介するに止めておきます。
ちなみに私の近所には照葉樹林が少ないため、県内低地でも確認できるはずの一部暖地性キリガが抜けています。
これからがんばって見つけます。今後、近所で出会えたら都度追加していく予定です。
秋キリガ:8種
秋キリガは先述したように、秋に出るが成虫越冬はしないキリガです。寒さが厳しくなるにつれて姿を消していきますが、低地の秋キリガは種により年明け位までは頑張って生き延びていることも多いです。ただし、出始めのいい時期を狙って観察しないと綺麗な個体には出会いにくくなってしまいます。
低地帯の秋キリガの傾向として、シイ・カシ類やツバキなど常緑樹を幼虫が食べる種が多いです。
自然の林よりも、むしろ人工的な公園とか街中の緑地で探してみた方が面白いものに出会えるかもしれません。
<各種の紹介にあたって>
注1)
種名の横にむし社の「日本の冬夜蛾」(2016)における珍品度(★)~(★★★★★)を示します。基本的には星が多いほど、出会いづらい種です。
注2)
写真は場所を特に示していなければ、埼玉県央部(平野部)で撮影されたものです。
注3)
「観察できた時期」として、近所における最早確認日と最終確認日を示します。
年に関係なく日付のみを参考までに書いています。
モクメキリガ亜科
ホソバハガタヨトウ(★)
Meganephria funesta (Leech, [1889])
観察できた時期:1/9(1回のみ)

糖蜜に飛来。(2022.01.09)
大型で、墨のような黒色の翅を持つキリガです。対照的に下翅はかなり白っぽいです。
幼虫はケヤキを食べるため都市部の公園的な環境でも得られることはあるようですが、基本的には山地の蛾だと思っています。
私が近所で出会えたのもこの1回限りでした。

長野県で灯火に飛来した個体。(2020.11.15)
擦れていない個体では翅に若干黄色い鱗粉が載っている。
長野県では冷え込みが厳しい時でも灯火にやって来る蛾で、糖蜜よりは灯火か街灯巡りで出会う印象でした。
ミドリハガタヨトウ(★★)
Meganephria extensa (Butler, 1879)
観察できた時期:11/23~12/30

街灯近くの木に止まっていた。(2021.12.04)
翅には緑色の鱗粉が若干乗っていて、これが和名の由来になっているのだと思います。
ホソバハガタヨトウと同じくケヤキを食べるキリガで、出会える場所も似通っています。
★はひとつ多いですが、個人的には前種より多く出会っています。公園の街灯でも発見し、ケヤキのある場所で糖蜜をすれば1日1頭は来てくれる印象でした。

糖蜜に飛来。直後に逃げられ戻らず。(2019.12.30)
糖蜜に飛来するものの落ち着きがなくて、ライトを当てた瞬間に飛び立って逃げられることが多々ありました。誘引できても観察や採集はちょっと難しい印象ですね。
キリガ亜科
ナカオビキリガ(★)
Dryobotodes intermissa (Butler, 1886)
観察できた時期:11/12(1回のみ)

公衆トイレの灯りに来ていた。(2022/11/12)
暖かい地域のキリガで、私はまだ1度しか出会ったことがありません。
新鮮な個体ほど全体的に緑味が強く、幼虫はアラカシやクヌギを食べることが知られています。
糖蜜にも来るらしいのですが、灯りに来た個体を採集したのが唯一です。近所ではあまり多くないのかも知れません(アラカシがないんですよね……)。
キマエキリガ(★★)
Hemiglaea costalis (Butler, 1879)
観察できた時期:12/11(1回のみ)

糖蜜に飛来。(2022/12/11)
翅の前縁部が黄色い特徴的な見た目のキリガで、出会えるとうれしい虫です。
近所では公園の糖蜜採集で1度だけ出会っています。長野ではライトトラップで得ているし、北海道にも分布するので暖地性のキリガではないと思いますが……まとまって採れない虫で生息環境はよく分かっていません(寄主植物も不明)。
スギタニモンキリガ(★)
Sugitania lepida (Butler, 1879)
観察できた時期:11/13~01/10

糖蜜に飛来。(2022/12/11)
低地の照葉樹林に多いキリガで、幼虫はツバキの蕾や花を食べます。
近所ではヤブツバキが植栽されている公園の糖蜜採集で比較的普通に見ることが出来ました。
この属は糖蜜採集の方が有効なグループで、灯りにはほとんど集まらないようです。
ヤマノモンキリガ(★) =キシダモンキリガ
Sugitania clara Sugi, 1990
観察できた時期:12/04~01/14

糖蜜に飛来。(2023.01.14)
前種と同所で見られることもありますが、本種は平地から山地まで広く見られる蛾です。標高1000m程の山地でも採れたことがあります。
スギタニモンキリガが出ないような河川敷の落葉広葉樹林などで糖蜜採集をやると本種だけが来ます。
よく似ているSugitania属各種の違いは下記のサイトが分かりやすいです。埼玉にはいないかもですが、温暖な地域では3種目のSugitania……スミレモンキリガが出る可能性があることに注意です。
スギタニモンキリガとヤマノモンキリガとスミレモンキリガの比較
・スミレモンキリガは大きさや色合いで簡単に識別できる。
・スギタニモンキリガの翅色は暗く、ヤマノモンキリガは明るいとされるが、濃淡に個体差がある。
ウスキトガリキリガ(★★)
Telorta acuminata (Butler, 1878)
観察できた時期:11/21~12/11

糖蜜に飛来。(2021/12/05)
翅の外縁部は大きさが不揃いな鋸歯状になるのが特徴のキリガです。(擦れやすいため、不鮮明になっていることも多い)
サクラやツバキの花などを食べるようですが、個体数は少ないのか糖蜜には基本単独で来ます。同じ日にまとまって見られることは少ないです。
ノコメトガリキリガ(★)
Telorta divergens (Butler, 1879)
観察できた時期:11/13~01/10

糖蜜に飛来。(2021/11/21)
翅に走るくっきりした直線と円形の紋が特徴的な、秋キリガの代表種です。
近所ではどこでも基本的に個体数が多く、条件が悪い日に糖蜜採集をしても「これだけは来てくれる」というタイプの虫です。暗くなってからすぐに糖蜜に来る傾向があり、灯りにもよく来ています。

長野県での糖蜜採集では本種(右)とアオバハガタヨトウ(左)はよく一緒に来ていた。(2019/11/24)
近所(平野部)にはアオバハガタヨトウが出ないようでノコメトガリキリガが優占種になることも多いです。
本種はモモやウメ、リンゴ、ソメイヨシノなどのバラ科やツバキなどを幼虫が食べ、特に蕾を食べることから、リンゴなどの果樹にとっては厄介な害虫になっているようです。
冬夜蛾以外のヤガ
最後におまけとして、晩秋にキリガ採集をしていると出会える冬夜蛾ではない蛾類をいくつかご紹介します。
糖蜜に来るヤガの仲間です。
キミャクヨトウ
Dictyestra dissecta (Walker, 1865)

糖蜜に飛来。(2021/12/12)

長野県で糖蜜に飛来。この直後逃げられた。(2019/12/24)
キミャクヨトウは夏から秋に採集されることが多いヨトウガの仲間です。年に複数回成虫が羽化すると思われ、私は11月や12月に比較的きれいな個体を確認しています。
糖蜜に来るものの、かなり飛翔能力が高く逃げられやすいので採集も撮影も接近戦は難しい……
幼虫はカラスウリやアマチャヅルなどウリ科につきます。林縁部などツルが多い場所で糖蜜をするとたまに飛んできてくれる格好いい蛾です。
アワヨトウ
Mythimna separata (Walker, 1865)

長野県で糖蜜に飛来。(2021/11/24)
本種も前種と同じヨトウガ亜科のガで、キリガ採集シーズンに気が早い10月頃(まだ寒すぎない日)や、冬のかなり暖かい日には糖蜜に飛んでくることが多いです。トウモロコシや牧草など、各種イネ科の害虫です。
薄黄色で細長い翅のこんなガが糖蜜に飛んで来たら、アワヨトウの可能性が高いです。
マエグロシラオビアカガネヨトウ
Phlogophora albovittata (Moore, 1867)

糖蜜に飛来。(2021/10/24)

1月に糖蜜で来た個体。全然スレていなかった。(2022/1/10)
本種はキリガ亜科アカガネヨトウ族に所属する、冬夜蛾でないキリガの仲間です(ややこしい)。
年二化で成虫は5〜10月の出現、とされていますが、私は1月にかなりきれいな本種に出会ったこともあり、暖かい地域では第三化があるのかもしれません。
幼虫は多食性でクサイチゴやミズヒキのような草本、低木からシシガシラのようなシダ植物にもつくようです。
関東平野部の10月末はまだ暖かくてキリガの採集には若干気が早いのですが、代わりに本種のような格好いいヤガが来てくれるのでキリガ以外の蛾類を期待して暖かい日に糖蜜をやってみるのも面白いと思います。
ウスチャヤガ
Xestia dilatata (Butler, 1879)

糖蜜に飛来。(2021/10/24)
キリガと誤認されやすい(私も初見時は間違えました)、モンヤガ亜科のヤガです。
こちらもキリガが出るより少し早い時期に糖蜜やライトトラップをすると飛来します。
幼虫は多食性で、様々な草本植物を食べているようです。
アケビコノハ
Eudocima tyrannus (Guenée, 1852)

糖蜜に飛来。(2021/12/12)
本種は成虫越冬するエグリバ亜科のヤガですが、晩秋の暖かい日に糖蜜採集を行うと飛んでくることがあります。
幼虫はアケビの葉を食べるため林縁部でみることが多いです。
寒い季節でも本種やフクラスズメのような大型のヤガが羽音を立てながら糖蜜に飛んでくる光景は迫力があります。
越冬キリガ編に続きます
本記事では秋キリガ8種+αをご紹介しました。
実際はこれらに加えてカシワオビキリガなどの越冬キリガも得られるため、もう少しバラエティに飛んだキリガ類との出会いを期待できるかと思います。
そしてもちろん、山地に行けば出会えるキリガの幅も広がります。




山地の秋キリガは(標高にもよるが)寒さが本格化する前の10月〜11月くらいの期間で楽しめます。
低山地なら12月や1月に入ってもみれる秋キリガはいます。
常緑樹が身近にない地域にお住まいであれば、思い切って沿岸部とか照葉樹林のある場所にいってみるのもいいでしょう。サヌキキリガ、ホソバオビキリガ、スミレモンキリガなど……難関な秋キリガに出会える可能性も出てきます。
私はそこまでやってないですけどね。
今年はやろうかな……?と思ったけど、厳しいですね。
越冬キリガ編は↓

関東平野部で出会える冬夜蛾(キリガ)類【越冬キリガ編:14種】
本記事では冬に出現する蛾の仲間である冬夜蛾(キリガ)類のうち、いわゆる越冬キリガ(成虫で越冬する種類)を紹介します。(低地帯の近所で出会えた種のみ)秋キリガ編↓からの続きです…

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