私は趣味で昆虫採集をして標本を作っていますが、標本に付けるラベルを作る際に学名を調べる必要があります。
作るラベルの数が少なければ1種ずつ調べていけば良いのですが、その数が膨大になると調べるにもかなりの労力を要すことになります。
インターネット上には特定のグループの学名をまとめたページ(※1)やデータベースを検索できるサイト(※2)など役立ちそうなものがいろいろあり、これらを上手に使えばこの作業をかなり効率化できるものなのでしょう、というか普通に上手にやってる方もいるんじゃないでしょうか?
私が教えてもらいたいくらいです……。
※1 甲虫とか蛾類とか↓
日本列島の甲虫全種目録
「日本産甲虫全種図鑑」の発行は個人の力ではどうにもなりませんが、現在使われている学名と和名、さらに分布をまとめることは不可能ではないでしょう。また、原色図鑑に掲載された甲虫について、今どういう種名が使われているかを示すことは、アマチュアの調査活動に役立つものになるはずです。
List-MJ 日本産蛾類総目録
「List-MJ 日本産蛾類総目録」では、日本産蛾類に関する最新の学名情報を共有する目的で、神保宇嗣とニワカガマニアにより2004年に立ち上げられました。現在は神保がメンテナンスと更新をしています。
※2 昆虫目録DBは和名学名ともに古いものも多く、現在は基本的に標本作成には役立てづらいが……
日本産昆虫目録データベース(MOKUROKU)
昆虫目録データベース(MOKUROKU)は、日本産の全昆虫について1種または1亜種 (一部1変種を含む)を一つのレコードとした英語及び日本語によるデータベースです。 おのおののレコードについて、科名、属名、(亜)種名、和名、分布の5項目を収録しています。
2023年の昆虫標本整理で私は、これまでずっとやってこなかった学名入力の省力化を初めて試みました。
(今までは1000〜2000くらいのデータを1種ずつ検索してコピペしてました……)
まだまだ課題はあるものの従来の「1個ずつ調べる」よりは遥かに楽に出来るようになったので、やり方を忘れないようにここに記しておくことにします。作業はExcelとメモ帳、webサイトの利用のみで完結するのでその他で特別なソフトとかは不要です。
※本記事では昆虫類の学名抽出をやりますが、他項目でも同じやり方で出来るかと思います。
①和名のリストを作る
まずは和名のリストを作ります。
1行につき1個の和名を入れていきます。
基本的に一番最初のデータは手入力しかないですね。
採集時に地図アプリなどで採集品の座標ポイントを記録し、ポイント名に和名をあてるように心がければデータ出力時に和名がくっついてくるので若干楽をすることが出来ます(↓スマホアプリでデータ取得して出力する話)。

スマホアプリを活用した生物標本データの現地記録と、記録データの整理・出力
データをどうやって取り、標本につなぐのか?生物標本にはラベルをつけますが、ラベルには「採集地の情報」や「採集日」などを必ず記さなければいけません。昆虫採集・標本作成を行っている方、「データラベルに記載する情報」ってどのように記録、整理(管理)されていますか…
②学名の取得先(水国リスト)
和名リストが完成したら、この和名を使って学名を呼び出します。
学名をどこから取得するかというと……
河川水辺の国勢調査ための生物リスト
『河川水辺の国勢調査ための生物リスト』は、「河川水辺の国勢調査」の調査結果の整理に際して、生物の和名・学名および配列などの統一を図る目的で作成されたものです。なお、「底生動物」、「動植物プランクトン」、「陸上昆虫類等」については、分類群の解明度や水辺環境との関連性から調査・同定の対象分類群の絞り込みが行われています。
こちらを使います。
河川水辺の国勢調査というのは、国土交通省が実施している全国の河川やダム周辺の環境を調査するものです。
動植物についても幅広い項目を対象に行われ、その調査結果は一般公開されていて誰でもウェブサイトから無料でダウンロードすることが出来ます。
http://www.nilim.go.jp/lab/fbg/ksnkankyo/index.html#
河川水辺の国勢調査では全国各地で生物相調査が実施され、整理された結果を集めるわけですが……その際に和名や学名などの情報がバラバラになっていると調査結果を統合する際に支障が出ます。
図鑑によって掲載される和名や学名が違う、ということは容易に起こり得る(分類上の変更とか、著者の好みとか)ため、参照先を1つに定めなければなりません。
そこで調査結果の和名・学名および配列などの統一を図る目的で作成されているものが、河川水辺の国勢調査 生物リスト(以下、水国リスト)です。
水国リストの中身はこんな感じのExcel形式で、1行につき1種の生物の分類情報(界名から種名に至るまで)が記載されています。
リストは毎年更新が行われていて、変化する和名学名にも基本的には順次対応していくようになっています。
国内に32000種ほどが生息するとされる昆虫類の収録データ数は亜種含め25000種ほど(R4版)。アブラムシやキジラミ、小蛾類、寄生蜂、ハエ類などは収録されていない種が多数(情報が乏しく同定が難しいグループは調査対象から外されるため)ですが……私が趣味で採集するようなミーハーな昆虫の種名は大体ここに収録されています。
したがってこの水国リストに合わせた和名リストを作成しておけば、和名をキーにして学名を引っ張り出すことが出来るのです。
実際にやりながら説明した方が分かるかと思うので、ここからは一連の流れを紹介します。
③学名の取得(VLOOKUP関数)
まずは最新の水国リストをダウンロード!
(http://www.nilim.go.jp/lab/fbg/ksnkankyo/mizukokuweb/system/seibutsuListfile.htm)
開いたらリストの列を少し編集します。
デフォルトでは種和名の列が学名の列の右隣に来ていますが、ここを入れ替えて和名列が左側に来るようにしておきましょう。
※説明上ここでは左隣にしていますが、科名など学名以外のデータも抽出したい場合は種和名の列を一番左端の列まで持っていってしまった方が楽です。
新しいシートを1つ作って、ここに学名を当てたい和名リストを置きます。
和名の横のセルに関数を挿入。ここに学名を飛ばします。
使うのはVLOOKUP関数、この手の作業ではかなりお世話になる事の多い関数です。
表の特定の値を含む行から、必要なデータを取り出す、という操作を行う際に使います。
最初に指定するのは検索値。
和名を水国リストから検索するため、和名のセル「A2」を指定します。
続いて範囲。検索を行う範囲を指定します。
シートを移動して水国リストへ。列ごと選択します。
この時、選択範囲の一番左側の列が和名の列になるようにし、かつ学名の列が含まれるように範囲を指定します。
(ここまで説明通りに来ていれば2列選ぶだけです。)
残り2つは一気にいきます。
まず列番号。
先ほど指定したセル範囲の中で、取り出したいデータが存在する列を指定します。
列番号のカウントは一番左側の列から1,2,3……となるので、ここでは学名の列である2列目、つまり「2」を入力します。
最後に検索方法です。
ここは「FALSE」と入力します。検索値と完全に一致するデータが存在しない場合(=元の和名リストと水国リストの和名が一致しないか、水国リストに掲載されていない種)はエラーとして「#N/A」が返るようになります。
これで学名または不一致エラーの#N/Aが返されれば成功です。セルの右下角にカーソルを合わせて、+表示になったらダブルクリック。下のセルまで式がコピーされ学名が一気に飛んできます。
こんな感じです。
この後は一度エラーの処理をします。
先頭の行にフィルターを設定して、学名列から#N/Aだけ表示させるとやりやすい
この時は1756データに対してエラーは154(9%くらい)でした。
科属レベルの同定も結構入ってたので、真の意味でのエラーはもっと少ないと思う
エラーは大きく2つに分かれます。
不一致の場合
水国リスト中に掲載されている種であっても、自分が作った和名リストの名前と一致しないせいでエラーとなるものです。
これについては和名を水国リストに合わせて修正します。
よくある例を挙げると、
①亜種名が抜けている、表記の違い
ヤマトシジミ
→ヤマトシジミ本土亜種
カントウアオオサムシ
→アオオサムシ関東平野多摩川以北亜種
②呼び方が複数あるもの
アリスアブ
→アリノスアブ
ヤマトタマムシ
→タマムシ
③わりと最近名前が変わった
アカバハネカクシ
→アカバトガリオオズハネカクシ
エグリゴミムシダマシ
→マルセルエグリゴミムシダマシ
④あんまり馴染みないが水国リストではそういう名前だから
ミズキコブハムシ
→ミズキムシクソハムシ
ヒメオビオオキノコ
→ヒメオビオオキノコムシ
こういったミスを修正するには……学名から水国リストを検索するのが一番早いと思います(本末転倒)
一度、元リストの和名でGoogle検索などをかけて、それらしい学名をコピー。
水国リスト内を学名や属名で検索すると正しい和名に辿り着けるでしょう。
和名を正しく修正すると直ちに学名が飛んできます(水国リストにある場合)
リスト未掲載
それでも見当たらない場合は、水国リスト未掲載の場合かもしれません。
この場合は別の場所から学名を拾います。ネットで和名検索して適当なところから学名を拾い、その学名で再検索してよく使われているものか確かめます。(本当はこういうやり方あんま良くないんだけど)
学名は図鑑など信頼できる文献から拾うのが正しいかというと必ずしもそうではなくて……図鑑の出版後も学名はどんどん変化していくものなのでその変遷を追った方が良いでしょう。
じゃあどうやって、「最新の学名」かを判断するのか。
ここで活用できるサイトの一つとしてGBIFを紹介します。
④GBIFで学名検索をする
GBIF
GBIF-地球規模生物多様性情報機構は、地球上のあらゆる種類の生物に関するデータを誰でも、どこにでも、オープンアクセスで提供することを目的として、世界中の政府から資金提供されて設置された国際的なネットワークであり、研究のためのインフラストラクチャーです。
ここで学名を検索すると、その詳細な情報を見ることができます。
例として古い学名を検索してみます。
検索結果は以下のように表示されます。
入力した学名はかつてイワキアオタマムシと呼ばれたもの。
現在はアオタマムシのシノニム(異名)になっています。つまり古い学名です。
結果を見てみると、Eurythyrea tenuistriataのシノニムという一文が示されています。
示されている学名がまさしく現在のアオタマムシの学名で、これを採用すれば良いと分かります。
出てこない時もありますが、このようにGBIFで学名検索をかける事でそれが現在使用されているものか、古いものかを知ることができます。
最後は手作業になりましたが、こうして和名リストから学名を得ることができました!!
ん……?
命名者表記も欲しい?
水国リストの学名は基本的に属名+種小名までの表記に止まっていて、その後に続く著者名や発表年は省略されています。
これらは命名者表記と呼ばれるものです。
(ここに学名の構造についての図解とかいる?)
命名者表記は学名をより詳細に示すものです。
文書で学名を用いる時など、大抵の場合はそこら辺の情報は無くても良いような気もしますが……生物標本につけるラベルには必要かなという感じはします。なんとなく。
あった方が格好もつきますしね(笑)
ということでここからは第二段階。
著者名と発表年を含む学名を召喚しましょう。
学名から命名者表記を呼ぶ
現状、和名リストから一発で命名者表記ありの学名を得る手法を私は知りません。
※蛾類とか、甲虫とか分類群を限定すれば、学名をまとめたサイトと連携してうまくやれるかも知れません。私は昆虫全般的にやりたかったのでここは手をつけませんでした。
先ほど説明した流れで水国リスト等から命名者表記のない純粋な学名を取得し、この学名を使ってさらに検索をかける、という流れで命名者表記を取得するやり方を紹介します。
ある程度整えた学名リストを作ったら。
Global Names Verifier
Verify a list of scientific names against biodiversity data-sources. This service parses incoming names, executes exact or fuzzy matching as required, and returns the best-scored result. Optionally, it can also return matches from data-sources selected by a user.
こちらのサイトを使います。
こちらもGBIF同様に学名検索を行えるwebサイトで、複数の学名を一度に検索することができます。
まずOutput format でCSVを選択します。
続いて検索をかけたい学名セルをコピーして、サイトの入力フォームにペースト。
検索数が多ければ全部文字で埋まります
「Search Names」で検索をかけるとこんな画面が出ます。
ctrl+Aなどで全範囲を選択してコピーしたら「メモ帳」アプリを開き、ペースト。
テキストを保存します。文字コードはデフォルトUTF-8になってますが、そのままいくと文字化けするためANSIに変更し保存します。
新しくExcelを開いて、ファイルを参照して開きます。
(「すべてのファイル」を選んであげるとテキストファイルも表示されます)
最初の画面はそのまま(コンマやタブなど〜)の選択で次へ。
次の画面で区切り文字として「カンマ」にチェックを入れ「完了」をクリック。
こんな感じで、表になります。
「CurrentName」の列が検索結果の学名になっています。
この列だけコピーして、和名などがある元のファイルに貼ります。
これで命名者表記のついた学名が取得できました。
ちなみに検索に使う元の学名が古いものだった場合、自動的に新しいものに変換して返されるようです。
したがって水国の学名とは属名も種小名も全くの別物になっている、という場合もあります。
単純に水国リストの学名が古いものだった場合もあるでしょうが、日本と外国で分類上の扱いが異なる種(学名が違う)というのもいる(※)ようなので、返された検索結果を手放しに信用して良いものかには若干の不安があります……
※例えばキベリトゲハムシDactylispa masonii(寄主: フキなどキク科の草本)はヒメキベリトゲハムシDactylispa angulosa(寄主: サクラ類)のシノニム(≒同種)にされています。両者の形態は似てなくもないですが食べる植物が明らかに異なっていて、あまり同種には思えません。
海外の研究者が標本検討を行った結果こうなってしまったのかも、という話……。
(キイロヒゲナガオトシブミみたいなパターンで将来的に同じものになっていくのかも?)
分類がちゃんとしてそう(偏見)な蝶類でもそういうのがあって、
ツバメシジミの学名は日本ではEveres argiadesが広く用いられていて水国リストもその学名ですが、GBIFで検索すると属が異なる種になっていて、Everes argiadesはシノニム扱いされています。
分類はすごいなあ ぼくにはとてもできない
標本作成の上で生じるそういう疑念を全部検証しきれる訳ないので、一旦は信用してラベル作って、後で真相が分かったら直すくらいの気持ちでとりあえず標本を作っています。
(どっちかといえば水国リスト学名に寄せるようにはしている)
ちなみに、今やったような学名の一括検索→csv出力みたいなことはGBIFでも出来るんじゃないか?と思っています。
APIとかあの辺を上手く使えば出来そうに思えるんですが……やり方が分からなかったので紹介できませんでした。
(分かる方、教えていただけると非常に助かります)
ここでもう一度さっきの画像を見てみよう
ここまでやれば完全な学名を取得完了……とはいかず、結局最後に手作業が発生します(笑)
Global Names Verifierの検索結果で完全な学名が帰ってこない場合も結構多くて(私がやった時は体感3割くらいだった)、不足部分はやっぱり自主的にGBIF等で補完する必要があります。
※(参考)既存のデータベースを使うやり方
過去に自分が採集した昆虫の和名学名含むデータをExcel等でまとめている場合、ここからVLOOKUP関数で呼び出す事も出来るでしょう。
(昔自分が調べた時と学名が変わっている可能性があるので、そこだけ要注意です)

修正作業が終わり、ついに目標の和名-学名リストが完成しました……!
これさえあれば同定ラベルの作成も決して苦ではありません。
1個ずつコピペしてやるぞ
(結局現状これ)
同定ラベル作成の方法については別記事で紹介しています(↓編集中)。

昆虫標本に欠かせないラベルの書き方と作り方まとめ【2024年版】
ラベルがなければ標本ではない昆虫に限らず生物の標本を作る上では欠かせないのがラベルです。クリストフコトラカミキリの標本ラベルは標本に学術資料としての価値を与えるものです。ラベルがないものを標本とは呼びません。私もそうですが、趣味として昆虫採集を行い、主にコレクションとして収集する目的で昆虫標本を作るという方も多くいます。しかし、研究で使うかどうかなどの目的に関わらず正確で保存性の高いラベルをつける…

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