昆虫の標本を作る場合、採集した昆虫はその形質が損なわれないうちに〆る場合がほとんどです。
昆虫を〆る、すなわち命を奪うことは標本を作る上で基本的に避けては通れない道です。
標本作りに興味はあるけど殺すことに抵抗がある、という方も多いと思います。
しかしそれでも標本を作ってみようと思った方に向けて、この記事を書きました。
(まだ標本を作る気がない人は最後だけ読んでください)
せっかく標本を作るなら色や形を綺麗に長く残せるものにしたいですよね。
標本を綺麗に作るために大事なのは、展足や展翅などの整形作業の前に、それがなるべくやりやすい状態を作ってあげること。
本記事のテーマである昆虫をどうやって〆るか、というのは…標本の完成形に大きく影響が出ることもある割と大事な部分です。
〆方は昆虫の種類や形態によって様々なものが使い分けられます。作りたい標本に合った〆方を探してみてください。
◆薬品の種類と効果
酢酸エチル
亜硫酸ガス
アンモニア
◆〆るための容器と使い方
毒瓶
チャック袋
◆薬品を用いた〆方(甲虫など)
植食性昆虫などの場合
肉食・糞食性昆虫などの場合
◆鱗翅目(チョウ目)の〆方
胸部圧迫
アンモニア注射
毒瓶を用いる場合
◆その他の〆方
冷凍庫
餓死
老衰死
◆さいごに ~可哀想だと思う人へ~
薬品の種類と効果
標本にする昆虫類はほとんどの場合、薬品を用いて〆ます。
自然に死ぬのを待つよりも標本が作りやすく、体もきれいに残せるためです。
昆虫採集で使う薬品として代表的なものとして、ここでは私が使用した経験のある酢酸エチル、亜硫酸ガス、アンモニアの3つについて紹介します。
酢酸エチル
揮発性の高い液体で、ティッシュなどに液体を染み込ませ、揮発した気体で昆虫を〆ます。
酢酸エチルには防腐効果や軟化をスムーズに出来るようにする効果などもあるらしく、昆虫採集者は大抵この薬品を使います。
しかし入手がやや面倒で、劇物に指定されているため18歳未満では入手出来ません。
18歳以上であっても、薬局で取り寄せで印鑑が必要。そもそも取り扱ってる薬局自体が多くありません。
そこで、代用品としてよく使われるのが…
除光液(ノンアセトンリムーバー)です。
除光液は酢酸エチルを主成分とする、マニキュア剥がし用の液体で、Seria(100円ショップ)で買うことができます。
以前はダイソーなど他の100均でも取り扱いがあったのですが、現在はSeria以外では見かけなくなりました。
Amazonでも取り扱いがあります(ちょっと割高)。

コージー本舗 エナメルリムーバー ノンアセトンタイプ
この商品について サイズ:220mL 香り:ピーチの香り 原産国:日本
Seriaの除光液はアセトンが主成分の物もあるので買い間違えないように注意です。
こちらは〆るための薬品としては向きません。
「ノンアセトンリムーバー」の名前で売っている物が酢酸エチル主成分のものです。
関係ない成分も含まれてますが、基本的に酢酸エチルと同等のものとして使用が可能みたいです。
普通の酢酸エチルに劣る点で、「よりゴム化(≒死後硬直)しやすい」と言われることも。
(私は純粋な酢酸エチル使ったことないので分かりませんが……)
亜硫酸ガス
クエン酸と二亜硫酸ナトリウムの粉末を混合する事で発生させられる気体が亜硫酸ガス(二酸化硫黄)です。
酢酸エチルを使うと色が落ちてしまうような色鮮やかな虫に対して使用すると、色が残りやすくなります。
(ハムシ、テントウムシ、カミキリ、アオゴミムシ、カメムシなど…)
ただし亜硫酸ガスを用いて〆た昆虫は酢酸エチルのように軟化の効果がないため(なのか?)、脆くて折れやすくなります。
それでも大抵は、死後硬直が解けるまで待ってから、慎重に標本作りを行えば、酢酸エチル除光液で〆た場合と大差ないように思います。
※亜硫酸ガスの使用は、標本のDNA情報を破壊するという理由から使用そのものを推奨しない専門家が多いです。
私も最近は使わないようになりました。やり方は参考までに紹介しておきます。
亜硫酸ガスを使用する場合は昆虫を生かして持ち帰り、チャック付き袋を使って〆ます。
やり方は以下の通り。
①1/4に分けたティッシュの中央にクエン酸、二亜硫酸ナトリウムを分けて乗せる(小さな袋で〆る場合ほんの少しでok)
②ティッシュをてるてる坊主のような形にして薬品を混ぜ合わせ、霧吹き等で薬品部分を湿らせる。
③素早く袋に投入
この手順です。
水を加えるのは効果持続時間を長くするため…だったと思います。
亜硫酸ガスは少し吸っただけで喉に痛みを覚えるほどの危険な薬品なので扱いには注意が必要です。
使う時は部屋を十分に換気して、窓際で息止めた状態で即座に全行程終えるくらいの覚悟でやりましょう。
また、亜硫酸で〆る場合は短時間の方がいいような気はします(長くて2時間くらい?)
長いと色が淡くなってしまうこともあるので(カメムシ類で特に多い)。
クエン酸はドラッグストア等で購入できます。
二亜硫酸ナトリウムは…水道水のカルキ抜きに使用される「ハイポ(チオ硫酸ナトリウム)」を用いて代用できるみたいです(試したことはない)。
こちらはホームセンター等で買えますし、100円ショップにもありました。削って粉にすれば使えそうです(効果はイマイチっぽい?)
アンモニア
500mlくらいのを買って、小分けにして使う
アンモニア水は主に蛾類を〆る際に使用できる薬品です。
取り扱っていないドラッグストアが多い印象で、最近はAmazon↓で買っています。

【第3類医薬品】日本薬局方 アンモニア水 500mL
内容量:500ml
アンモニア水は注射器で直接虫に注射、もしくは毒瓶に投入する薬品として用います。
酢酸エチル除光液よりも短時間で蛾をきれいに〆る事ができるのが魅力です。
薬品はどれも代用などの形を含めれば未成年でも入手、使用が可能ではありますが…
取り扱いに注意が必要なのでその辺り自信がなければ後述の冷凍庫などを使いましょう。
〆るための容器と使い方
続いては〆る際に用いられる容器についてです。
といっても
・薬品への耐性があること
・気密性があること
・虫に脱走されないこと
この辺りが満たされるものであれば別に何でも良いような気がしますが……一応私が使ってるものを紹介しておきます。
毒瓶

「ドレッシングシェーカー」をペットボトルホルダーに入れて使ってます
毒瓶は採集時に虫を投入してその場ですぐ〆るための道具です。
ポーチに入れたり腰にぶら下げたり、すぐ手に届く位置に備えておきたいですね。
毒瓶は専門店で買うこともできますが、100円ショップ等で売っている容器を代用する方も多いです。
ダイソーで売っている「ドレッシングシェーカー」を使う方は多いです。私もこれを使ってます。
毒瓶の容器はガラス瓶でもプラスチック管でも何でも…いいわけではなく、ポリスチレンは酢酸エチルと相性が悪いので注意です(液体を直接触れさせると容器が溶けます)
容器本体、透明部分がポリスチレンの容器はすぐにヒビが入ってしまいます。
(醤油の容器? みたいなやつを昔使ったら悲惨なことになった悲しい思い出……)
野外での採集時に毒瓶を使う場合、薬品は基本的に酢酸エチルを使用します。ただし私は蛾類に対してはアンモニアを使っています。(理由は後述)
毒瓶の仕込み手順。
まず容器の底に薬品を染み込ませたティッシュや綿を投入します。
薬品は少なすぎると効きが弱く容器内で虫が傷つけあってしまう原因に、逆に多すぎると容器内が蒸れて虫の汚れや破損、ゴム化の原因になります。
足りなければ採集の時間とかも考えて適宜足していくつもりで、最初は気持ち少なめがいいかなと思いますが……私もベストな量を未だにつかめておらずハッキリした事は言えません。
その上に、底近くに穴を開けたコップを投入。
(穴は内側からピンセット等で開ける)
紙コップのような仕切りは染み出した薬品(液体)に虫が直接触れないようにする上で重要です。(虫の取り扱いやゴム化防止として)
前述のドレッシングシェーカーの場合、100均の各種コップ類がわりとピッタリはまることが多いです。
紙素材の場合は水分を吸ってくれるため容器内が蒸れにくくなります。
甲虫は紙容器だとすぐ汚れたり穴開けられたりするので、プラスチック製のコップを使うようにしてます。
という感じで、私は基本的に蛾類用と甲虫用の2本の毒瓶を使い分けています。
コップを中にセットすることで何気に毒瓶容器内側の汚れも防げますし、薬品の追加投入が楽、大きさの違うものを重ねて2層式も可(座標を気にする人向け)などいろいろと融通が効くのもポイント高いです。
甲虫採集の場合、更にコップの中に軽く湿らせたティッシュ片を入れておくと虫同士が傷つけ合うのを防げます。
〆る時間については使用する薬品の種類や投入した薬品の残り具合にもよりますが、最低1時間半以上は入れておかないと蘇生してしまうことが多いです。(種や薬品の性能による)
また、毒瓶の開け閉めの回数が多いとガスが抜けて効果が薄れてきます。
この状態で大型甲虫を投入するとうまく〆られなかったり、毒瓶の中で既に息絶えている虫を傷つけることもあるので様子を見ながら薬品を追加する必要もあります。
個人的に大きめのゾウムシ、カミキリ、クワガタ辺りは特に強いので薬品を多めに投入し、長時間(3~6時間)かけて〆た方が良いです。
チャック袋
チャック袋は虫を小分けにして持ち帰る場合に便利で、〆る際には薬品を染み込ませたティッシュ等を投入するだけです。
少量で済むので薬品の節約になります。
ただし酢酸エチルは開栓後、時間経過により加水分解が起こり、効力が落ちていくので、そもそも使用量を節約して長期間使用することは望ましくありません。
亜硫酸ガスを使う場合は粉が少量で済むのでアリですね。
酢酸エチルの場合、薬品が多すぎると袋全体に液体が広がって虫に液体が触れてしまうので少なめにします。(これがかなりゴム化の原因になっているっぽい)
薬品を染み込ませたら素早く袋に投入。
〆る時間は毒瓶の場合より短く済むことが多いです。
ほとんどの虫で1時間半程度やれば十分ですが、大型の甲虫は3時間程度やらないと蘇生することが多いです。タマムシ類はやたらと強くて、チビタマでも蘇生する事がよくあります。
薬品が少なすぎると1日経ってもまだ動く虫もいるので…時間を伸ばすより薬品を多めにする方がいいのかも?
(私が使ってる酢酸エチルの劣化の問題かもしれない)
〆る時間が長くなりすぎるとゴム化しやすくなるので、虫によって袋を分けたりするのも必要かも…?
先ほどからちょくちょく出てる単語……ゴム化ですが、ここでちょっとだけ説明しておきます。
ゴム化とは〆た後の昆虫を展足しようとした時、整えた触角や脚がゴムのようにすぐ戻ってしまう状態になることをいいます。
昆虫はもちろん、あらゆる動物には死んだ直後に体が硬くなり関節が動かせなくなる死後硬直と呼ばれる現象が起こります。
硬直はおおよそ48時間から72時間ほどで解けるとされ、昆虫(甲虫)についても〆てから3日程度はチャック袋などで乾燥しないように保管し、硬直が解けてから展足した方が明らかにやりやすいです。
しかしゴム化の場合は何日経過しても体の硬さが完全に解けることはなく、ずっと中途半端な状態のままです。
こうなってしまったら現状有効な手法はなく、きれいな展足は諦めた方がいいかもしれません。
(大型甲虫なら無理やり針展足することもできる)
一か八かに懸けるなら、乾燥中に関節を破壊して整える方法があります。
ゴム化時は動かせない関節も乾燥するとパキッと外すことができるようになり、うまくいけば形をある程度整えることができます。
ただ乾燥度の見極めを誤ると虫体を破壊するだけで終わるので、やるなら覚悟の上で……
ちなみに、乾燥後にお湯で戻してもゴム化状態に戻るだけです。
……ゴム化はどうして起こるのか。
ゴム化には前述したように〆る時間や薬品液との接触が関わっているとされています。
具体的な原理については明らかになっていません(そもそも死後硬直の解硬メカニズムについてもよく分かってないらしい?)。
ともかく薬品液に直接触れさせないこと、必要以上に薬品にあてないことを意識してゴム化を防ぎましょう。
ここ最近の私は採集中に毒瓶で〆ていき、定期的(同種の虫を別座標で採った場合など)に中の昆虫をまとめて取り出し、チャック袋に移すというやり方を取っています。
(長時間の薬品処理によるゴム化を防ぐため)
薬品を用いた〆方(甲虫など)
ここからは分類群毎に採集してから〆るまでの流れを紹介していきます。
やり方は人によって違うと思いますし、私自身もいろいろ試して模索しながらやっている所です。
一例として参考にする程度で。
植食性甲虫などの場合
→タマムシ、ハムシ、ゾウムシなど。
採集したらその場で前述の毒瓶に入れて酢酸エチルで〆ています。
色落ちしそうな虫(ハムシ、ゴミムシ、カメムシなどの一部)はチャック袋やケース等に分けて生きたまま持ち帰り、まとめて亜硫酸ガスで〆ます。
(どういう虫が色落ちしやすいのかは採集しながら覚えていくしかないかも…)
肉食性、糞食性甲虫などの場合
→オサムシ、シデムシ、センチコガネなど。
これらの昆虫については採集したらその場では〆ずに生かして持ち帰ります。

こんな感じで湿らせたティッシュを入れた毒瓶容器(薬品は入れない)やタッパーなどを用意しておき、ここに生かして持ち帰る虫を投入していくのが一番楽かなと思います。
チャック袋に小分けすれば喧嘩する心配はないですし、座標分けにも便利ですが、破って脱走する虫も多いので(大型のカミキリやシデムシはめっちゃ脱走するので注意)タッパーやセクションケース等の硬い容器は常に持っておくようにしています。
↓以下、グループ毎の対応
・水生昆虫
生かして持ち帰り、水の入った容器内(脱走の心配がなければ湿らせたティッシュを入れたチャック袋などでもいい?)で一週間ほど絶食させ排泄物を出させます。
一部ゲンゴロウ類は特に色落ちしやすいですが、私は形質の保存優先で酢酸エチルを使っています。
・ハンミョウ類
ハンミョウ類を持ち帰る場合は必ず一頭ずつ、ゴミムシの時と同様の処置を施したチャック袋に入れます。
ハンミョウはかなり繊細な虫なので、そのままプラケースとかに入れると持ち帰るまでに足が取れてしまったり、死んでしまったりします。
持ち帰ったら〆る前に最低でも3日間ほど絶食させて体の中の物をできるだけ出させます。(冬季採集なら不要)
・大型肉食甲虫、糞虫
大型のオサムシやゴミムシ、センチコガネは2日だと全然短いです。1週間くらい絶食させれば問題ないと思います。
ただ小さいゴミムシだと3日目以降はそのまま死亡する個体が現れるので(餓死?)、見極めが難しくて私もあまり上手くできていません。
絶食させる場合、基本はケースや瓶に湿らせた新聞紙やティッシュを詰めて虫を入れておくと、汚れも落ちて体もかなり綺麗になります。また、基本的にその中に虫が潜ってくれるので個体間の喧嘩も少なくなります。
絶食の為に多数の虫をまとめて一つの容器に入れておくと破損の原因になります。
早い段階で餓死する虫が現れた場合、それが他の虫の餌になります。
また、体が柔らかい虫は生きているうちに襲われることもあります。
ほかに、クワガタ類など大型で獰猛な甲虫と他の虫を一緒にすると惨殺されます……
したがって特に大切な虫、凶暴な虫は隔離した方が安心です。
糞抜きした後に亜硫酸使うグループと酢酸エチル使うグループで分けるとその後の処理も楽。
絶食は必須では無いですが、やらないと油が出て大きく色が落ちる原因になります。(標本にした後に悪臭を放つ原因にもなる)
標本作成後にアセトンや漂白剤等で油抜きを行い、色復活もできますがやっぱり絶食させた方が綺麗です。
ただし、チャック袋など狭い容器中で絶食させようとすると、自らの排泄物で虫の体が汚れてしまうのである程度ゆとりのあるケースを使ったほうがいいです。
冬季採集での個体は糞抜きできないのでそのまま〆ますが、油が出やすいマイマイカブリなどは〆た後に油抜きしています。
※一週間くらい衣料用漂白剤(ブライトW)につけている。でも油出てる気が……アセトンの方がいい?
ただし油抜き後に交尾器の取り出しを行うと普通に油が出てくるので、交尾器の取り出しは油抜き前にやっておいた方が良いです。
鱗翅目(チョウ目)の〆方
鱗翅目のようにデリケートな虫は採集したら即座に〆る(動けない状態にする)ことが求められます。
胸部圧迫

主に蝶や小型の蛾に対してのみ使える方法で、羽を畳んだ状態で胸を指で挟み、強く圧迫することで殺します。
シジミチョウで多いのですが…強く圧迫しすぎると? 羽が反転する事があります。
この状態になると取り扱いが非常に厄介です。
防止するには、最初弱めに圧迫して三角紙に移した後、さらに圧迫して…というのがいいかなと思ってます。
(それでも失敗する時は失敗する…)
アンモニア注射
ヤママユガの類やオオムラサキなどの大型蝶類といった、胸部圧迫ではすぐに〆られない鱗翅目には、こちらの方が手っ取り早いと思います。
アンモニアを注射すれば一発で動きを止められるので無駄に鱗粉を落とすことを防ぐことができます。

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Amazon等で買える↑のような注射器を使って、アンモニアを胸部に注射して〆ます。
腹部と胸部の境界辺り(後脚の付け根あたり)を狙って斜め下から刺すと通りやすいです。
完全に動かなくなるのを確認してから三角紙等に収めます。
毒瓶を用いる場合
翅を立てて止まらない蛾類では押さえつけるのが難しく、アンモニア注射に至るまでに鱗粉をごっそり落としてしまうなんてことも……
胸部圧迫や直接の注射が困難な…小型の蛾を〆る際には毒瓶を利用します。
このような小さな容器にアンモニア水を染み込ませたティッシュを投入(蓋の裏などに貼り付ける)したものを用います。
小さな容器を使うことで、アンモニアの充満を高めてより短時間で蛾の動きを止めることができます。
大型の蛾類でなければ、毒瓶に投入して座標を記録したり注射器を取り出したりしている数十秒のうちに動きが止まるか鈍ることがほとんどです。
タイミングを見計らって毒瓶から取り出し、さらにアンモニア水を注射するというステップを踏むことで、擦れさせずに綺麗に〆ることができます。
(酢酸エチルではなくアンモニア水を薬品として用いるのは、即効性があることと一部の緑色系の蛾類の退色を抑えるためです)
余裕のある時は上述した手順で1頭ずつ〆ていますが、少し大きめの毒瓶を用いて複数同時に〆ることも可能です。
その場合は毒瓶の扱い方に気をつけなければいけません。
蛾類は毒瓶に入れっぱなしにすると個体同士のぶつかりや爪の引っ掛かりで鱗粉が落ちることが少なくありません。
また排泄した液体や投入しすぎたアンモニア水が翅に付着して汚れることもあります。
動かなくなったら早めに取り出し、必要であればアンモニア注射を行なって完全に〆ましょう。
蛾類採集の時、毒瓶は腰に下げたりやリュック等に入れるのではなく、手に持つか胸ポケットなど安定するところにしまうようにして、できるだけ振動を与えないようにするのが大事です。
その他の〆方
ここからは薬品を使用しない〆方を紹介します。
冷凍庫
採集した昆虫を(容器等に入れたまま)冷凍庫へ。
まともにやった事ないので分かりませんが、1~2時間やれば十分だと思います。
冷凍庫の使用では薬品によるデメリットがない上、入れたまま標本作りを始めるまで腐らせずに保存する事も可能です。
標本作りが追いつかない場合に有効な方法ですが、、
冷凍庫に頼りすぎて未展足、未展翅の虫が溜まる一方になってしまう危険性があります。
早く処理しないと、という状況に簡単には陥らなくなるので次第に自分の採集数のコントロールが効かなくなり、最悪冷凍庫に未処理の虫を入れ続けたままになってしまいます。
頼りすぎに注意です…
餓死
死後、大きく変色してしまう昆虫(トンボ、バッタ)などを標本にする場合の選択肢の1つです。
体内の物を出来るだけ出させた方が腐敗する物も少なくなるので色も残りやすくなる…? というものです。
(内臓抜きを行う場合は餓死させる必要はありません。薬品〆でOK。)
餓死の場合、特別な事はせず、三角紙等に入れたまま餓死するまで待ちます。
気をつけるのは脱走されないように注意するくらい。
トンボ類では暗いところに置くと複眼が暗くなるので、直射日光の当たらない明るい場所に置いておきます。
カマキリなどでは自分の糞で翅が汚れることがあるので容器や袋は大きめのものを用いた方が良いです。(普通に即〆て内臓抜きした方が良い)
餓死した後は、すぐに標本処理を行わなければならないのでタイミングの見極めが少々難しいです。
もうこれ以上糞を出さないだろうという位に衰弱しているなら、そこで薬品などを用いてきちんと〆、すぐに処理に取り掛かるのも一つの手です。残酷なのでハードル高めですが……
老衰死
〆るのとは少し違うと思いますが、一応老衰死の場合の処置についても書いておきます。
クワガタなど、飼育していた昆虫が寿命のために死んでしまった…その後標本にする場合です。
老衰死の場合、死後急速に腐敗が進むのでタイミングを見誤ると綺麗に標本を作ることができなくなってしまいます。
クワガタなどは体の表面が汚れていることが多いのでしっかり拭き取っておきます。
(汚れをちゃんと落とさないとカビが生えます)
ちょっと脱線しますが、花掬いで得たカミキリも花粉がたくさん付着していてカビが生えることがあるので標本にする前にしっかり汚れは落としましょう。最近流行ってるアルカリ電解水とか、洗浄に好都合です。
さらに、ダニ等を落とすために酢酸エチルで(通常の〆と同様に)処理するか、熱湯消毒を行う必要もあります。
飼育昆虫を標本にする場合、「〆る」工程がない分、罪悪感をあまり感じずに標本が作れますが……工程はやや複雑になり、展足の難易度も高くなると思います。
カブトムシは死骸が悪臭を放っていたらもはや手遅れ、諦めて埋葬した方が良いです……。
さいごに ~可哀想だと思う人へ~
さまざまな虫に応じた適切な〆方を選択しながら、より綺麗でしっかりとした標本作りを行いたいですね。
本記事がその一助になっていれば幸いです。
私もまだまだ正しく〆方を理解できてる自信がないので、何か改善すべき点等ありましたらコメント欄へお願いします。
今後も何か新しい発見があり次第更新していく予定です。
ここからは完全な余談です。
この記事を読んでいる虫好きな方、そうでない方に今一度問いたいことがあります。
「標本を作るために昆虫を殺すのは……
可哀想だと思いますか?」
私は思わなくなりました。
……最初は可哀想だと思っていました。
今もその気持ちを否定する気はないですが、採集を続ける中でどこか違った感情を抱くようになりました。なんとも思わないかいうと、そうでもない。
可哀想という感情がそもそもどこから産まれるのかと考えた時、生命は平等であるという価値観に行き着くのではないでしょうか。
小さな虫もヒトと同じように生きている、だから無闇に奪うのは可哀想なのだと。
「いや、蚊とか殺すじゃん」とかいう意見は無視されます。人間に害である生物の命は「平等」の中には簡単には入れてもらえないのです。
したがって、標本作成を伴う昆虫採集は人間にとって無害な存在さえも、必要なわけでもないのに殺す行為……と、このような解釈をされがちなのです。
これは正しいでしょうか。
昆虫標本は、例えそれがどんな普通種であっても、蓄積され、年月が経過するほどに価値を見出されていく存在です。
それがしかるべき場所で、利用できる形で存在している限りは無駄な標本なんてないと思います。
ただし……個人で所有している場合はどうでしょう。
私は研究者ではありませんし、何か特別な目的のもとで昆虫標本を集めているわけではありません。
ただの趣味で、自己満足なものです。
私の力だけでは標本を何かの役に立てることは出来ないでしょう。最終的にどこかに全てを提供したとして、受け入れてもらえる、役立ててもらえる保証などありません。
購入した海外産標本なんかもっとそうで。
私が作る程度の標本でも研究などで必要とする方がいるのならば、いくらでも提供しますし、ちゃんと使ってもらえる形にすることを目指しています。
目指していますが実際に役立てられるかは分かりません。
だから私が趣味で集める標本は、必ずしも全てが学術的に役に立つ、という事は約束されない存在であるのです。
突き詰めれば、私がどんなに頑張ったって必要のなかった標本、つまりは必要のなかった殺生というものが生じてしまう可能性が高いのです。
結論としては、
可哀想=必要のない殺生
とするのであれば、ここまでの話をまとめると私のやってる昆虫採集は可哀想なのか可哀想じゃないのか分からなくなります。
ただこれは私と全く同じスタイルの採集者にしか当てはまらないことで、もっと立派に虫屋をやられている方なら胸を張って「自分の採集は無駄なんかじゃない、可哀想なんかじゃない」と主張する事ができるでしょう。
最初の問いに対する「可哀想だと思わない」という回答は、一般的な考えを否定するものではなくて、そういった思考はどこにも行きつかないような気がして、考えることを諦めてしまっただけなのです……。
可哀想という感情を乗り越えるために、やっぱり自分の行いを正当化したいと思うでしょう。
でも可哀想というものが段々よく分からなくなってきた私は、この趣味を続けることでその答えを模索していくことにしました。
……ということで、標本に興味あるけど殺すのは……という人へ。
まずは自分の中の「可哀想」という感情を疑ってみませんか。
人から褒められるような美しい考え方には辿り着けないかもしれないけれど、昆虫採集によって気づかされること、向き合わされる事は確かにあると私は思っています。
殺すことに全く抵抗のない方も多くいますし、それはそれで何も悩むことなくて楽だと思いますが……可哀想という気持ちが分からないが故に、無自覚(または故意)に問題視されるような行為に走ることもあります。
だからこそ、命を尊く思うことができる人の方が、昆虫採集に本気で打ち込めるのではないかと思います。
私は自分の標本が役に立つか、ただの趣味の昆虫採集にも意味が見出せるのか。
常に自分自身に問いながら、今後もまだまだ昆虫を殺し続けると思います。
自分の中に納得のできる答えが出せる日がいつか来る。
そう、願いながら……。

コメント
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こんにちは。
全く関係ない者ですが、すみません。
殺し方っていう表記が過激です。
あと、餓死などそのようなやり方はあっても残酷な処理の仕方は載せないほうがよろしいかと思います。
すみません。そのほうが、子供や初心者には見易いかと思いました。嫌な人は見なければいいと思われるかと思いますが、そうでない人もやはり見てしまうのでご配慮お願いいたします。
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貴重なご意見ありがとうございます。
まず「殺し方」という表記についてですが、昆虫標本を作ろうとする初心者の方は「〆る」という表現をそもそも理解していない場合があり、実際に「殺し方」というワードで検索されることも多いです。
本記事のタイトルにそのようなキーワードを入れたのは、そういった場合でもちゃんとこの記事に辿り着けるようにするためです。
過激な表現を避けるべきである、というのは理解のできる考え方です。
初心者にとっての標本作成のハードルを無意味に上げることには何一つメリットがありません。
しかしながら、実際に昆虫採集者が行っていることは過激で残酷なものです。そこをわざと曖昧にしてしまうと、標本を作るハードルを下げること、つまりは(あまり良くない意味で)軽い気持ちで標本を作る人を生み出してしまうという懸念がありました。
私個人の考えとしては、昆虫採集や標本作成の残酷な側面も含めて受け入れられる覚悟のある人にこそやってほしいと思っていますので、本記事ではその辺りもできるだけ書くようにしました。
ご理解いただけると幸いです。
ただ、仰るように見たくない部分まで見なくて済むような配慮は少し加えようと思います。
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葉虫は酢酸エチルで絞めていいのですか。
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種によりけりですが、基本的に私はハムシ類も酢酸エチルで〆ています。
イタドリハムシなどは退色しやすいので、亜硫酸ガスなど他の方法を検討するのも良いかと思います。
ただし脆くなって触角等破損しやすくなるので、標本作業に割ける労力が十分にある時以外は私はやりません。
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私は生きてるものを標本にするのはよくわからないですね。
人間の欲望のためにお肉食べるのと変わらないですね。
昆虫が可哀想なんじゃなくて標本にする事でしか生きる楽しみを感じれない人間のほうがかわいそうなんじゃないかなと思います。
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生きている状態から標本にするのは、その方がきれいな状態で標本を作りやすいためです。
飼育品や死骸は腐敗が進んでしまってボロボロになったりしやすく、長期間保管される標本としては弱いものになってしまいます。
というのが一般的な回答です。
仰るように、「必要があるから命をいただいている」という点ではお肉を食べるのと変わりありません。
標本づくりが単純な娯楽に終わってしまう方もいますが、その後の研究などに寄与する目的で専門機関などにバトンパスが出来れば、決して無駄なものにはなりません。
昆虫採集をする人はふつう分かっていることですが、この趣味の楽しみ方は標本を作るだけに限らないので、作って満足して終わってしまう、というのはかわいそうというか勿体ないと感じます。
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はじめまして。本記事を大変興味深く読ませて頂きました。出先で売られていた綺麗なチョウの標本に惹かれたものの、このかたちにするために殺されたいきものだ、と自分の中に忌避する気持ちがあり、殺さずに作られる昆虫標本もあるのだろうか?と検索してこちらの記事に辿り着きました。
タイトルが〆方(殺し方)とされているところや、可哀想かどうか、という感情への向き合い方、とても誠実に綴られた文章だと思いました。
わたしはチョウを愛らしい、でもじっくり見ると気持ちが悪いとも感じ、殺して標本にして持っていたいかと自問するとやはり忌避感があるのですが、博物館などで昆虫標本を見ると死んでいるのにこんなに綺麗に姿かたちが残されているのはすごいな、と感動する気持ちもあるのです。
自分の感情に向き合う機会になりました。ありがとうございます。