なぜ今、市民科学が求められているのか
私は仕事で生き物の調査などをやっていますが、生き物の調査は専門知識を持つ人々が仕事で行うばかりではなく、市民の協力によって成立することもあります。
専門家でない人々の手で行われるこうした科学……いわゆる市民科学はシチズンサイエンス(Citizen Science)とも呼ばれ、世界中に急速に広がりつつあります。
ある場所では「こんな珍しい生き物を見つけているが、これは誰かに伝えた方がよいのか」という声を聴きました。
一方で、「市民を巻き込んでみんなの力で生き物の調査を行いたい!」と言う人もいました。
こんなことがほんの2週間くらいの間に立て続けに起こって、私も「市民科学」というものをもっとよく知りたいなと思うようになりました。
ちょうどいい書籍があったので、まずはそれを買って読みました。
本書では、市民科学が今注目される理由として以下のようなことが述べられています。
まず、市民科学によって集められる巨大なデータは、地球規模の環境問題の解決を目指す上では必要不可欠なものです。
さらに市民は科学へ貢献する中で学びを得たり関心を深めることができるという教育的な強みもあります。
市民科学のこうした価値が認められるようになってきた中で、データを集めるためのインフラ整備も進み、インターネットやスマホアプリを用いて多くの人が気軽に市民科学に携われるようになりました。
こうした環境の変化によって、科学者だけで科学をやる時代から、社会全体でデータや成果が共有されるオープンな科学のスタイルへの変革が進んだというわけです。
つまるところ……生き物調査のスタイルにも市民科学の形がにどんどん取り入れられていくと思うのです。
というか現にそうなってきていますよね?
我々のように生き物調査で飯を食っている人々の仕事はいつかなくなるんじゃないかとかもちょっと思ったりしつつ……
自分にとって敵なのか味方なのか、分からない市民科学というものについて、本記事では先述の「市民科学のすすめ」を読んで私が学んだことをまとめてみます。
(自然環境の分野≒市民参加型生物調査に限定して話します)
市民科学のメリットと誤解されがちな点
まず、市民科学には強みと弱みがそれぞれ8つずつあるとのことです。全てを紹介することはしませんが、大事だなと思ったものについて抜粋してご紹介します。
データを広範に集められるが、偏りや精度の課題がある
市民参加型生物調査では、告知する範囲を広げるほどにさまざまな地域からデータを集めることができます。
科学研究を行う上で非常に効率がよく、特定の専門家だけに時間的・金銭的負担がかからないことが魅力です。
一方で、集まってくるデータが必ずしも望ましいものとは限りません。
市民の興味や関心によって、集まるデータに偏りが生じやすいという問題があります。
大型で目立つ生物の情報ばかり集まったり、観察が容易なグループの情報が集まったり……
さらに、市民の集めるデータの精度についても心配されるところがあります。
確認位置などの情報が人によってアバウトだったり、種の同定が間違っていたり……
データの偏りを減らし、精度を維持するための対策が必要です。
安価に済む場合も多いが、参加者の支援は必要
市民が勝手にデータを集めてくれる……そんな夢のような状態になったら研究資金はかなり少なく済ませることができます。お金がないからこの研究は続けられない! となる危険性は低いです。
しかし、まったくお金をかけなくていいという訳ではありません。
参加者への継続的な支援やサポートは欠かせません。データの取り方を多くの人に指導するために研修会を開いたり、得られた結果をフィードバックしたり。こういったサポートには確実に人手が必要です。
サポートが薄いと参加者はやる気を無くして去っていってしまうので、ここが本当に大事なところなのだと思います。
Webサイトやスマホアプリを活用できるが、複雑ではダメ
現在の市民科学ではWebサイトやスマホアプリの利用が主流になってきており、紙とか郵送とかでやってた時代と比べると参加のハードルはかなり下がってきたと言えます。
しかし、手順が複雑になってはいけません。Webサイトの入力項目が多かったり、複雑な操作を要求するアプリを使わせてしまうと……市民はついていけません。
お手軽さをとにかく強調しないとで、「面倒くさい調査」と思われてしまったら負けですね。
私がやっているチョウのモニタリング調査とかも思えば市民科学プロジェクトに相当するものですが、散歩のついでにできる調査という気軽さが響いて参加を決めたという背景がありました。
貴重な事象の発見も起こり得るが、欲張ってはいけない
多くの市民の手によって調査が行われれば、貴重な発見(絶滅危惧種や地域の初記録など)が起こる可能性も高まります。

しかし、こうした貴重な発見を期待して調査範囲をいたずらに広げたり、高頻度で調査に出なければならないなどの制約を設けてしまうと、市民にとっては負担の方が大きくなってしまいます。
チョウのモニタリングのノルマは月2回ですが、人によってはこれでもけっこう負担ですよね。
市民科学プロジェクトを成功させるために必要なこと
市民科学の強みや弱みについて前項で紹介しましたが、これらを踏まえて市民科学プロジェクトを成功させるには、どんなことに気を付けるべきでしょうか?
市民科学プロジェクトの目的を明確に
まず大事なことは、その調査を何のためにやるのかという目的をはっきりさせることです。
必ずしも市民参加型生物調査が適切でないシーンもあります。例えば「地域の昆虫相を解明したい」とか。
(※市民参加型生物調査では分かりやすい生き物のデータしか集められない)
そのため最初に目的を確認し、市民科学とマッチするかを吟味するのです。
『市民科学のすすめ』にあるフローチャートが判断の参考になります。

市民参加型生物調査で実現できるのは、基本的にある程度の種(指標種)に絞った調査です。
その調査がプロジェクトの目的(地域の生物多様性評価や希少種のモニタリング、市民の環境教育など)に合致していれば、市民科学でやってみる価値があります。
参加動機を意識してプロジェクトを設計する
多くの市民科学プロジェクトでは、市民はボランティアとして調査などに参加します。
多くの市民に参加してもらえるかどうかは、プロジェクトを成功させる上で非常に重要な要素です。
ボランティアに参加する市民には必ず何らかの動機があります。
この動機にうまくつながるような魅力的なテーマの設定が必要です。
例えば……私が関わってきたボランティア的な活動の各種に、なぜ参加しようと思ったかを挙げてみます。
①チョウのモニタリング
もともと昆虫に興味がありチョウもある程度分かる。普段から散歩で通る道でできるものだった。
つまり参加することのハードルがかなり低かったからですね。
②湿地再生のボランティア
地元民だったから。さらに場所が自然共生サイトに指定され、前向きな雰囲気?が伝わってきた。
これも地元での活動で参加の物理的なハードルが低かったのと、地元民特有の責任感のようなものを刺激されたというところが大きかったです。
③標本整理のお手伝い
これは何というか、自分のスキルを活かせる場だというのが明らかだったから……やりがいがあるからですかね。
自分でなければできないようなことをする、というので自己肯定感が上がるというか、充実感を得ることができると思います(自己満足)。
④標本のデータ公開や分布記録の報告
シンプルに命を奪ったことに対する責任の取り方のひとつとしてやっていることですね。
役に立つことや必要性がよく分かるので、有意義なことと認識しています。
こうやって並べて考えてみると、プロジェクトの設計で留意すべき点は以下のようなものが挙げられると思います。
- 参加するハードルが低い(単純な手法、身近な場所)
- 責任感を刺激される(地元や生物への愛)
- やりがいを得られる(自己満足の追求)
- 趣旨が理解しやすい(協力したいと思える)
本に書いてある内容と同じこともありますね。
参加者を多くするには1の簡単さを重視することがもっとも大事でしょうね。
責任感とかやりがいとかは、個人差がありますから……意義を訴えても刺さらない人も多いでしょう。
「まあ簡単だしちょっとやってみるか」という人が増えるように、シンプルな手順を前面に出さなければなりませんね。
雰囲気だけじゃなくて、実際に簡単でなければならないので、後述のツールなどもうまく活用してデータの記録や収集を簡単にしていく必要があると思います。
その上で、「趣味の延長でできるよ」とか「生き物を守ることにつながるよ」とか……他の動機にヒットするような要素を埋め込んでいければ良いのかもしれません。
得られた成果を参加者に還元する
忘れてはいけないのが参加者である市民への還元、フィードバックです。
調査で得られたデータはオープンにして誰でも見られる状態にすることが望ましいです。
例えば、Biomeを用いた市民参加型調査を実施している東京都環境局では、東京いきもの調査団活動レポート2024のように調査結果をまとめてホームページで公開しています。
資料内では確認地点をプロットして図示したり、調査者が撮った写真を使ったりすることで、自分の調査結果が役立っているという実感を参加した市民に与えることができるやり方だと思います。
市民科学を支えるツール
市民参加型生物調査の実施にあたっては、既に存在するアプリやWebサイトを活用することが望ましいです。
代表的なツールとして、「iNaturalist」「Biome」「いきものログ」の3つを比較しながら紹介します。
それぞれのツールがどんなものかという詳細な紹介は、別記事ですることにします。
今のところ、iNaturalistの記事しかありませんが……
参加のハードルの低さ、ゲーム性で優位に立ったBiomeだが
先述の3つのツールのうち、おそらく国内でもっとも利用されているのはBiomeです。
Biomeには他のサービスにない「ゲーム性」の要素が取り入れられており、生き物にあまり関心がなかった市民も市民科学に巻き込めるという強さがありました。
一方でゲーム性というものがもたらす課題もあります。
ポイント稼ぎのために雑な投稿する者がいる、という点です。
投稿や種の同定によってポイントを得られるシステムがある本アプリでは、ポイントを荒稼ぎするために適当な位置情報で投稿したり、いい加減な同定を飛ばしたりする事例がたびたび起こっていると考えられます。
こういった要素はデータの品質を損ねることにつながり、好ましくありません。
また、Biomeに投稿されたデータの位置情報は基本的に非公開です。
これを利用したい場合、(株)バイオームにお金を払わなければなりません。
さらに、市民科学のプロジェクトを設立したい(例えば、○○公園の生き物調査のようなものを作る)場合も(株)バイオームにお金を払わなければなりません。
市民科学でBiomeを使おうとする場合は必ずこの、お金がかかるという障壁にぶつかります。
Biomeアプリで集められるデータは、市民のものではなく(株)バイオームの資産です。
だからあのアプリは市民がデータを使うようには設計されておらず……(文句が続きそうなので省略)
つまり私は市民科学にBiomeの利用はオススメしないというのが結論です。潤沢な資金がなければ、他の選択肢を選んでください。
iNaturalistは市民科学の上では一番使いやすいと思う
世界的に見ればもっとも利用されているのはiNaturalistでしょう。
iNaturalistはとにかく融通が効くことが魅力です。市民科学でやりたいと思うことは大体できるし、お金を取られることもありません。
プロジェクトを試しに作ってみたのが以下のようなものです。
Biomeでお金を払ってやるようなことをこちらでは無料でできる、ならこちらでいいじゃないかと思うかもしれませんが、やはり課題もあります。
一つは、ゲーム性がないため参加者が少なくなり、生き物に関心のある人に限られがちなこと。
ゲーム性があると先述のようなデメリットも生まれるので、ある程度は仕方ないのかもしれません。
もうひとつ課題があり、日本語での利用がやや難しいことが挙げられます。
このアプリやWebサイトを使っていると、翻訳された単語特有の違和感を各所で感じるはずです。
こういったところで使いづらいと思われることもあるかも知れません。
ただ、使い慣れてもらえさえすれば、市民参加型調査は確実にうまくいきます。
観察データは第三者(詳しい人達)の同定により「研究用」グレードになることで品質を担保できますし、アプリ自体の同定AIの精度もBiomeより遥かに優秀です。
生き物の名前を調べるアプリとしてもiNaturalistの方がオススメできるし、観察記録を自分で振り返る上でも圧倒的に使いやすいし……もっと多くの人にこのアプリの良さを知ってもらいたいところです。
いきものログは強みが少ない
3つめのツールである「いきものログ」は、環境省生物多様性センターが運営しているサービスです。
Biomeでできないことのいくつかができるなどの魅力はありますが、基本的にiNaturalistを使えば事足りるため利用の優先度は高くありません。
ただ、自然共生サイトのモニタリングなどでは「いきものログを使いましょう」と環境省自身が謎にオススメしている存在ではあります。
しかしスマホアプリの挙動がかなり怪しい、投稿データの質を高める仕組み(第三者の同定)がないなど、データを集める上での課題もまだまだある印象です。
市民科学の3つの目標とバランス
市民科学には3つの目標があるとされています。
- 研究
- 教育
- 社会変革
研究的な目標は市民科学において一番イメージしやすい目標ですね。
具体例を挙げると、研究者だけでは不十分な研究を補完する長期的で広域的な調査・研究の実現などです。市民が参加することによって科学研究をより充実したものにするという目標です。
しかし市民科学の目標は研究的なものだけでは無いんですね。
教育的な目標というのは、市民科学に参加した市民がプロジェクトを通じて自然や社会への関心を深め、自らの学びを深めることです。
さらに社会変革の目標は、プロジェクトから得た科学的な成果を地域や地球規模の課題解決(環境保全や政策提言など)に活用することで、社会に変革をもたらすことです。
市民科学のプロジェクト設計の上で大切なのは、3つの目標のどこに重点を置いて進めるかという事です。
研究を重視してデータの質を高めるために難しい調査手法にしてしまうと、参加者が減り教育の機会が失われる、、というようにバランスをとるのは難しいのですが、研究だけじゃない市民科学のポテンシャルを引き出せるような設計を考えていかなければなりません。
そもそも市民科学は市民から搾取するための仕組みではなく、市民と研究者が共同で大きな研究を作り上げて、教育や社会変革をもたらすためのもの、ということがよく分かりました。
まとめ:昆虫採集者は市民科学者そのものだった
という感じで何だか誰に向けて書いているのかよく分からない記事でしたが、一応勉強した内容のまとめレポートみたいな気持ちで書いてみました。
市民科学ってどんなものだろうかと今回勉強し始めて気がついたことがあります。
昆虫採集者は市民科学者そのものでしたね。
われわれは趣味の延長で科学調査に貢献するデータを取り、それらを公表したり証拠標本を寄贈したりしているではありませんか……
よく分かんないなと思っていた市民科学はほんとに私のすぐ傍にあったのでした(笑)
考えてみればチョウのモニタリングやeBirdなんかも市民科学のプロジェクトですし、私はけっこうそういうものに足を突っ込んで生きてきた側の人間だったのですね。
自分は市民参加型生物調査にホイホイ参加する側の人間だから、逆に参加させるための方法については理解が甘かったなと感じました。
市民科学というかボランティアって完全に献身的に動くイメージがありましたが、活動によって逆に自分が得るものも多くありますね。多くの市民がそれに気づいてくれれば、より多くの人が参加してくれるプロジェクトが作れるのではないでしょうか。
だから市民科学は「こういう意義がある!」っていう訴えよりも「こういう恩恵がある!」という呼びかけの方が刺さりやすいのかもしれません。「アプリ使ったらAIで生き物の名前が分かるよ」とか、そういうアプローチが良いのですよね。
今回「市民科学のすすめ」から学び取った内容を心に刻んで、今後もiNaturalistを上手にオススメしていきたいと思います……!







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